ちょっと書いてるうちに、自分でもワケワカランくなってしまいました。笑
とにかく思ってる事をつらつら書いてみました(´・∀・`)これからもっと、上手になっていく予定です。笑
*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*
わたし、結婚・出産がわりと早めだったんです。(わたしの周りでは)
20歳の時に結婚して、21歳でママになりました(´∀`)(いわゆるデキ婚ですよ。)
当時、初めての事ばかりで とにかく『毎日ちゃんとしなきゃいけない』って思っていました。周りは独身者ばかりで「妻」という立場や「嫁(姑からみた場合)」という立場や「母親」という立場での相談をする人がいませんでした。
毎日、家事を完璧にこなしていました。(わたしにとっては完璧)
掃除・洗濯・料理・育児・節約…
「主婦の友」「すてきな奥さん」
毎月買ってましたよ(笑)
今思えば「わたしは一体 何者になろうとしていたんだ…?」です。
毎日イライラしてました。
そりゃ笑う事もありますよ(そらそうか)。
でもね、ほんと頑張らなきゃいけないって、勝手に思ってました。
頑張ってないと自分に価値はないそう思っていたように思います。(当時は気付いてません。)
色々、周り(家族)に合わせていたと思います。色々、諦めていました。
「主婦になったから」「母になったから」仕方ないと思ってました。
旦那のお弁当を毎日作っていました。本音は『嫌』『面倒臭い』『眠い』。そう思っていました。
でも、「仕事してくれてんねんから、お弁当くらい作らないとあかん」「お弁当も作ってあげないなんて酷い妻になる」勝手にそう思って、嫌やのに ずっと何年も作ってました。
「わたしが料理好きやったら良かったのに」「料理好きな人になりたい」そんな風に思ってました。
好きな事じゃないのに、しないと自分の価値がなくなると思ってしてたんです。しんどかった。イライラしますよ。好きじゃない事を続けるって、すごいしんどい。
でも、この頃は気付かなかったんです。「自分が周りにどう思われるか」を気にしてるだけという事を。
あとから気付きましたが、怖かったんですよね。やめたら、怒られそうな気がして。だから、無理して頑張ってたんです。(なんか親に怒られる子供みたいですよね。)
すごくストレスたまるんですよね。
これは何でなんだ?
どうしたらいいんだ?
めっちゃ考えました。
子どもにも当たってしまうくらい。
ピリピリしてましたよ。
楽しくなかった。
やりたくないけど、やらなきゃいけない。そう思って頑張るってのは、本当楽しくなかった。
心理学の本や記事をたくさん読みました。頑張らなくていいって気付いたのは、ほんの数年前の事です。
旦那に言いました。
「わたし、お弁当毎日作るのしんどいからやめる!」と(笑)
そしたら旦那は「うん。分かった。」って言いました。
………
……………
…………………
あれぇぇええ???!
なんか、ただのわたしの思い込みだったようです。こんな、ちゃんちゃん♩で終わるとは思いもしませんでした(´・∀・`)
自分が勝手に「こうしなきゃいけない」って決めてたんですよね。でも本当はそうじゃなかった。
わたしが勇気を振り絞って言った「やめる!」を、旦那は普通に「うん。」って返してきました。わたしの中では、びっくりな事でした。やめて…いいの?って感じです。旦那からしたら、いいけどなんで?って感じです。この時、なんか泣きそうになったのを覚えています。なんで泣きそうになったのか…は、なんて表現していいのか分からないけど。とにかく怒られないのか…って安心したんですよね。
すごく、気持ちがラク〜になりました。
なんだ…お弁当毎日作らなくても嫌われないのか…みたいな(笑)
わたしがお弁当を作ろうが作るまいが、旦那はわたしを嫌にならない。
これ。今は当たり前やろって思いますが、当時は信じられない!くらいの出来事でした。もっと言うなら、どっちをやっても わたしの価値は変わらないという事に気付いたんです。
そうやって、少しずつ 本当はやりたくないのに頑張ってきた事をやめていきました。そして、自分がやりたい事・楽しい事を優先し出したんです。(これを自分勝手や、という人もいますよね。)
わたしが何かをしている時に子供に頼まれ事をされても「今は無理。これ終わったらやるわ。待ってな。」というように、自分を優先するようになったんです。これは、それまでのわたしにとってタブーでした。
前なら、自分がしたい事は置いといて、すぐに頼まれ事をしていたんです。でも、自分の中で我慢(自分がやりたい事をやりたい時に出来ない)をしていたので、めっちゃイライラしながら頼まれ事をしていたんです。これって、頼まれ事自体は嫌じゃないのに、相手からしたら嫌々しとんかなって取られると思います。だからね、これって自分にとっては勿論のこと相手にとっても嫌な感情が生まれるって思います。
例えば、
母親が子供に学校へ持って行くお弁当を毎日作っています。(お弁当の例 すきやな。)
母親は子供が食べてくれる食べてくれない関係なく、自分が子供にお弁当を作りたいから作る場合。子供がお弁当をどうしようと母親はイライラしないわけです。そして、子供もイライラしないんです。
でも、母親が子供にお弁当を「作らなあかんから」という理由で作っていたら、作ったったというニュアンスの言動になると思います。それを感じ取った子供は「そんな弁当要らんわ!」って反発すると思うんです。
なに言ってるか伝わってるでしょうか?笑(自分でよく分からなくなってしました。表現って難しい…)
ということでね、(誤魔化した。)
自分を犠牲にしてまでやるっていうのは相手にとっても、迷惑になる事もあると思うんですよね。
良かれと思ってやった事やのに、それが犠牲的やと相手は「そんな親切要らないよ」ってなると思うんです。(恩着せがましいっていうやつ。)
自分がしたいからしてあげる。それが相手も気持ち良く受け取れる親切じゃないのかなって思うわけです。
我慢して犠牲的な人は被害者意識が強いと思います。それって自分も周りもしんどい。そこに気付いたといいますか。
わたしは今、ほんと好きなようにやらしてもらってるんです。でも、前よりも ずっとずっと子供たちは生き生きしててキョウダイ喧嘩も劇的に減りました。なんか知らんけど、みんながご機嫌さんなんです(´・∀・`)不思議です。
長女いわく、「ほんまは嫌やのに頑張ってやってくれてイライラしてるより、ママが好きな様にして機嫌良い方がいいに決まってる」だそうです(´・∀・`)
わたしが機嫌良いと、その周りも機嫌が良くなる。
だから、人にこうしないと、ああしないとが先じゃなくて、まずは自分。自分を大切にして、自分の機嫌をとってあげる。そしたら、自分の機嫌が良いから自然と相手にも優しい気持ちでいられる。で、なんかイイ感じで回るんです。これは、実際にやってみないと分からない。自分を大切に出来たら、他人の事も本当の意味で大切に出来るようになると思うんです。全てにおいて自分が実際に経験してみないと分からないので、これを読んで反発心が芽生えた人には是非やってみて欲しいです(´・∀・`)
頑張らない勇気・覚悟って大事だと、わたしは思います(´・∀・`)
(ちなみに、わたしは出来てる時と出来てない時があります。笑)
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