「産んでくれてありがとう」なんて思わない。ごめん。

思考

 

 

ブログを読んでくれてる人は
「知ってた知ってた」ってなるかもやけど。

 

 

わたし、どうにもこうにも母親を好きにはなれません。

 

 

でもね、聞いて。
決して、「好きになりたくない!」と思って、そうなったんじゃないんです。

 

 

自分の親を好きになれないっていうのは、本当に辛いことですよ。いけないことをしてる気分です。

 

 

でも、自分の心に嘘はつけないんです。

 

 

自分がむちゃくちゃ悩んで苦しんできたからこそ、わたしと同じように親を好きになれない人のことを否定しません。こうした方がいいなんて言いません。言えません(笑)

 

 

だって、誰もがそうなりたくてなったんじゃないことを知ってるから。

 

 

 

 

自分が子供の頃は、母親が絶対的で尊敬してたし、すごい人やと思ってたし、母親の言うことが全て正しいと思ってたんよね。

 

 

でも、大人になって気付いてしまった。わたしが思う『嫌いな人間性』を多く持ってるってことに。

 

 

小さい頃は手を出されるのが怖くて思うようには反抗できなかった。それでも、小さいなりに腹が立った時は反抗はしてたと思うよ。

 

 

それでも、なぜか母親というものは1番やと思ってた。

 

 

というか、多分そう思いたかったのかなと、今は思います。

 

 

自分の親にはすごい人であって欲しいというのがあったのかもしれない。

 

 

だから、母親の言うことは正しいと思ってたのかも。思おうとしたのかも。

 

 

いつ『ん??』ってなり出したのかは忘れてしまったんやけどね。

 

 

自分が『なりたい自分』を目指して、そこに近付くほど、母親のアラが見えちゃって。

 

 

『こんな考えの人間が、わたしの母親で、おまけにそれをわたしは信じてたのかぁ…』という、裏切りにも似た感情を覚えたね。

 

 

これは、わたしにしか解らない感情です。

 

 

わたしがそういう嫌な感情を持ってるということを知ってるにもかかわらず、

 

 

「“親やから”大事にした方が良い」とか

 

 

「産んでもらったことに感謝しなきゃ」とか

 

 

わたしには、よくわからない。。

 

 

同じように、親のことが好きになれなくて親のことで悩んで苦しんで、それでも親との関係を改善させるために労力を使ってる人に対して、それはそれで良いと思ってるよ。

 

 

そうした方がいいとか、それを【正しい】と信じてやってるかもやし、そうしたいと思ってやってるかもやし、それは知らんけど。

 

 

んでも、理由が【親やから】大事にしてるとか、感謝するべきとか思ってるなら、無意識に自分の子供に対してもそう思ってるってことになるからね。

 

 

そういう考えってことは、そういうことやと思うんです。

 

 

きっと、その時がきたらもやもやするはずやから、その時に気付くと思います。

 

 

わたしは、自分が子供たちを産みたくて、わたしの意思で産んだんよね。

 

 

そこに【感謝】とか、わたしにとってはどうでもいいんよね。

 

 

子供たちがどう感じるかなんて、わたしは知らんしなんでもいい(笑)

 

 

どっちでもいいねんよ。
どうでもいいねんよね。

 

 

感謝って「する」もんじゃないと思ってるからね、わたし。勝手に出てくるもんやと思ってるんよ。

 

 

わたしは親に
『産んでくれて、ありがとう』なんて思ってない。思えない。
それが、わたしにとっての事実です。

 

 

わたしはわたしのチカラで生きてきたと思ってるんよ。

 

 

同じく、自分の子供たちも子供たちが自分のチカラで生きてきたと思ってます。

 

 

「産んでもらった」って、立場かわると、
「産んであげた」になると思う。

 

 

 

 

歳取ってきたら、親を放っておくことは出来ないしって言うけど、なんで?

 

 

それは、あなたがそうしないだけ。

 

 

それだけやと思うんよね。
わたしには、出来るから。

 

 

わたしは、自分を大事にして生きていきたいって考えてて。それが基礎にあって、他の人のことも大事にできると思ってるんよね。

 

 

だから、わたしはわたしの気持ちを大事にします。

 

 

 

 

世間で言う
「こうするべき」は、うんざりなんだわ。

 

 

わたしは、母親と関わってもいいし関わらなくてもいいと思っててね。

 

 

親が歳取ってきたからとか、ひとり身やからとか、ただ単に親やからとか、そんな理由どうでもいいの。

 

 

今、わたしが母親と関わると色々自分の人生に支障が出ると判断して関わってないわけで。

 

 

関わっていいと思えば関わるし。絶対にこうする、とかは決めてません。

 

 

数年前までは、自分に言い聞かせてなんとか揉めない程度に誤魔化してきたんよ。

 

 

自分が
『別に親を見捨ててもいい。』
そう思えるまではね。

 

 

わたしはずっと自分を誤魔化してきてたんよ。世間では親孝行て美徳でしょ?

 

 

親を大事にしてる人って、素敵な人間なんでしょ?

 

 

その親が、どんな人間であろうと。
【親なら】面倒みないといけないとか。

 

 

親に心配かけちゃいけないとか。

 

 

そういうのが、いい人間なんよね??

 

 

そういう基準で言うなら、
わたしは、いい人間ではありません(笑)

 

 

ゲス野郎ですよ。

 

 

酷い人間です。

 

 

そう言われたとしても、そう思われたとしてもいい。嫌なもんは嫌やもんねー。
べろべろべぇーだ。(36です)

 

 

まだまだ未熟なもんで、これが本音です。

 

 

でもね、そういうのにも反応しない自分をこれから目指したいなって思ってます。

 

 

わたしは、自分で判断して母親とは極力関わらないけど。母親に何かあったとして。極端な話、死んだとして。

 

 

もしかしたら好きじゃない相手でも実際そうなれば悲しいと思うかもしれない。

 

 

でもそれでもいいと思ってて、そうなるかもしれない覚悟を持って関わってないわけですよ。

 

 

『後悔するかもしれない勇気』って言ったら変かもしれんけど、でもそんな感じ。

 

 

後悔したならしたで、それもまたいいと思ってそうしてます。

 

 

なめんなよ。

 

 

わたしが今、大事にしたいなって素直に思えるのは、旦那と子供たちと、わたしが好きな人たち、わたしを好きと思ってくれる人たちです。

 

 

わたしの側に(物理的にじゃなくても)いてくれる人たちを大事にしたいんです。

 

 

ま、1番大事なんは自分やけどね♡

 

 

母親のこういうのとか嫌い

 

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