何かのせいにしてもいいし誰かのせいにしてもいい。けど…

思考

 

 

さんざん何かのせいにしてきた。
さんざん誰かのせいにしてきた。

 

だからこそ、解ることもある。
たぶん誰もが一度は、やったことあるんじゃないのかな。

 

 

その、良くないような事を自分で体験して、
ある日「ちがう…」と気付く。

 

その「ちがう」と思ったことを
素直に受け入れられる人が
前に前に進んでいくのかもしれない。

 

そこで、「ちがう」と違和感を感じつつも、
「いや!そんなはずはない!」と反発してしまうと停滞する。

 

今まで自分が信じてきたことを覆された気がして、
なんだかプライドが傷つくような気がして、
自分を否定されたような気がして…
素直にそれを受け入れられない…

 

そんな時期もある、やろう。

 

正直覚えてないんやけど、
きっとわたしにもそういう時期があったはず。
そして、今もあるけど気づけてなかったり、
これから先も出てくるかもしれない。

 

いいと思うねんな。
『今』、そうやってもがいても。
その経験もまた必要で、
その経験があったからこそ解るようになった、
ということも沢山でてくる。

 

それは、後になって初めて実感する。
"その時"は、わからないもの。

 

嫌な感情もとことん味わって、
それからでいいんよ上を向くのは。

 

ただ、「とことん」
嫌な感情を味わい尽くす、ということはやってみよう。
誤魔化すと長引く。

 

そして、
ある日突然ヒカリ(何かわからないけど、なんとなく明るい気がするもの)が見えるかもしれない。

 

そのヒカリは嘘でも幻覚でもなんでもないから、信じて大丈夫。
自分の直感は誰がなんと言おうと”正しい”。

 

何かのせいにしてもいいし、
誰かのせいにしてもいいけど、
そのヒカリが見えたときは、
それを無視せんといて欲しいと思う。

 

素直なひとはかわいい。

 

 

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